日本のお茶

グルメ情報サイト日本のお茶の戦前


戦前〜進むお茶の研究〜

諸外国への日本茶の輸出は第一次世界大戦の終了まで続きました。この頃、インドやスリランカの紅茶が次第にシェアを広げ、一番の輸出相手国であるアメリカも日本茶より紅茶を好みはじめたことにくわえて、第一次世界大戦前の経済ブロック化で日本茶は海外市場を失ってしまします。

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しかし、その間に蒸し製法の日本茶は、まだ庶民の間では煎じ茶が主流だった日本国内に広がり、大正末期からは健康成分の研究やお茶を配合した製品の開発も進みました。

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戦前のお茶の主要科学研究年表によると、1820年にスイスの生理学者ルンゲがカフェインを発見したところからはじまり、1924年の三浦政太郎・辻村みちよによる日本茶に含まれるビタミンCの発見、1927年、山本頼三によってカテキンに類似した物質が分離されるなど、戦前には日本茶についてさまざまな研究がされてきました。

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諸外国の輸出市場を失ったことで国内にも広がり、成分の研究が進んだ日本茶は、1943年に軍の基本糧食にされています。これはビタミン類の補給源としての働きを期待されてのことでした。また戦争に絡んで、嗜好品であるお茶は戦時中に不要ではないかという議論がおこったこともありましたが、日常生活に潤いを与える嗜好品は必要だということで、その後も生産は続けられ、軍の基本糧食として認められるようになりました。。戦前には玉露の試製がされたり、国立茶業試験場が設立されたりと明治よりさらに日本茶は進歩しています。

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静岡で第一回の全国製茶品評会が開かれたのも戦前のことですし、1925年には6つの工程を担う製茶機械がそれぞれ開発され、作業の機械化がさらに進みました。当時行われたシカゴの世界博覧会に日本は日本茶と茶道具を出品しています。

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